日本漢方に中医学理論を導入した中医漢方薬学

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医学領域における「科学」としての中医学

 

 陰陽五行学説にもとづく中医学理論は、まぎれもなくスケールの大きな一つの科学理論であることを指摘しておきたい。 まず、構造主義科学論の提唱者、池田清彦氏(山梨大学教育学部教授)の諸論文『構造主義生物学とは何か』『構造主義と進化論』『構造主義科学論の冒険』などの著書を拝読して、村田流に理解したところでは、

 科学とは、現象間の関係記述である。つまり、科学とは変転する現象間の関係を、なんらかの不変の同一性(構造・形式・公理など)によって記述しようという営為である。

 したがって、あらゆる科学理論というのは構造(構造・形式・公理など)という不変の同一性によって、現象という変なるものを変換・体系化したものである。

 それゆえ、最終的に正しい究極の理論というものはありえず、より多くの現象を説明できる理論が、より有効な理論と言えるだけなのであり、背反する二つの理論が同じくらいに有効なときでも、必ずどちらかの理論が間違っている、などということは、決してない。 ということである。

 この二つの背反する理論の具体的な例としては、西洋医学理論と中医学理論を比較すればおのずと明白であり、とりわけ両者における病態観の相違を検討すれば容易に察することができる。

 ともあれ、陰陽五行学説にもとづく中医学理論そのものがすでに現象間の関係記述という構造主義的な理論構成をなしているだけに、医学領域における最先端の科学理論として、再認識されてしかるべきであろう。それゆえ、今後の研究課題としては、中医学を構造論的な方法で徹底的に分析して行く必要があると愚考しているが、これによって昭和の終わり頃から村田が提唱してきた日本漢方の将来のあるべき姿として、弁証論治の中医学に随証治療の漢方医学を吸収合併させた「中医漢方薬学」の確立だけでなく、理想的な中西医結合の方向性を発見し確立することができるように思われる。

 構造論の短絡的な誤解と歪曲の誹りを免れないが、ここで敢えて暫定的に、より具体的な考察を加えておくと、

 弁証論治における弁証の世界では、四診によって認識される一連の症候にもとづいて把握される疾病の本質(病機)を構造とみることができる。このときの構造(病機)は、要素集合(一連の症候)に構造法則(中医学理論という文法)を用いて解読する仕組となっている。つまり、

 構造(病機〈疾病の本質〉)= 要素集合(一連の症候)+ 構造法則(中医学理論)

 と定義することができよう〔勁草書房発行・上野千鶴子著『構造主義の冒険』の十五頁を参照〕。

 けだし、構造主義科学論の視点から見ると、中医学には「整体観」という構造論的な視点が既に確立しているのにくらべ、西洋医学においてはミクロ的にはともかくマクロ的には構造論的な視点が比較的乏しく、このために西洋医学は「非科学的」であると言われてもしかたがないのである。したがって、現在の西洋医学においては、

 構造(病名〈疾病の本質〉)= 要素集合(諸検査を含めた自他覚症状)+ 構造法則(西洋医学理論)

 という関係式は成立し得ていない。

 つまり、西洋医学では全体系を支配する構造論的観念が欠如しているために、西洋医学理論は構造法則としての文法が不完全なものであり、それゆえに西洋医学における病名は、構造分析によって導きだされる「疾病の本質」を表現するものとしては、常に不完全なものでしかない訳である。

 それゆえ、中医学に西洋医学を吸収合併させ、西洋医学の特色である諸検査を有効に活用する方向こそが、臨床医学という現実に即した、今後の新しい医学の方向であると思えてならないのである。

 とは言え、小論の目的は我田引水的に中医学が完全無欠であると訴えているものではなく、構造主義科学論の立場から見ると、中医学理論のみならず「陰陽五行学説」そのものが、一つの立派な科学理論であるということ、および前述の構造の定義を用いて解読すれば、西洋医学においてさえ、非科学性が見えてくることを述べたかったのである。

 のみならず、最も重要な問題としては、西洋医学という中医学とはかなり異質な医学を、前述の構造の定義にもとづいて比較検討しつつ詳細に分析すれば、西洋医学におけるミクロ的な部分における高度な科学性が改めて認識され、構造論的に見て完成度の高い中医学においても、四診内容の未熟性と疾病の本質を示す病機の表現のありかたの未熟性を認識することができるということである。

 しかしながら、両者を結合する方法論としては、科学的な理論体系として既に完成度の高い中医学に、マクロ的には完成度の低い西洋医学を吸収合併させることこそ、疾病の治療を目的とした臨床医学の要求にこたえ得る、より優れた医学・薬学が創造される道ではないかと愚考している訳である。

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