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中医学および漢方医学上の「証」と「症」の問題点について

 

 現代の中国で出版される中国語による中医学書類においては「証」と「症」を混用したものばかりでなく、「症」の字は一切使われず、「証」の字のみで統一されている書籍がかなり多い。筆者の最も愛読する陳潮祖先生の「中医病機治法学」もこの後者のタイプの原書に属し、現在もこのタイプの書籍は個人の著作によるハイレベルな内容のものに多い。

 これらによると一般的な日本における西洋医学用語の「症状」は「証状」や「証候」に該当し、「症候」は「証候」に該当する。

 このため、「証候」の意味には、

 

 ① 西洋医学用語の「症候」や「症状」と同義の場合。

 

 ② いくつかの症状が複合して一つの病態(病証)を形成したときに使われる「証=証候」の場合(例えば気虚証・腎陰虚証・肝気鬱結証などで、つまり陳潮祖先生の言われる「病機」のことである)。

 

 の二通りの意味合いがある。

 したがって、それらの中医学原書においては、その著者の流儀により、あるいは前後の文章の意味合いから一々見分けて判断しなければならない。

 

 たとえば陳潮祖先生の《中医病機治法学》(四川科学技術出版社 一九八八年発行)の原文では「証」「証状」「証象」「証候」のみで、「症」の字はまったく使用されず「証」の字ですべて統一されている。

 そして原文中の「証」や「証候」については前項で述べた前者①の意味あいのことが多く、つまり日本語の「症」や「症候」に該当し、後者②の意味で使用されることは比較的少ない。後者②の意味に対する用語は、本書の題名である「中医病機治法学」が示す通り、主には内経を土台とした「病機」という表現をとられているのである。

 

 

  

中国における最近の傾向

 

 ところで、昨今の中医学書の中には「証」と「症」の字を厳密に使いわけている書籍も増えてきており、一九九一年五月に東洋学術出版社から翻訳出版された焦樹徳著「症例から学ぶ中医弁証論治」(生島忍訳){原書の初版は一九八二年}において、焦樹徳先生はこの点について次のようにしっかりとした見解を示されている。

 

 ある学者は、症の字と証の字は互いに通用できると提唱している。その根拠は古代には症の字は存在せず、証の字だけが使われていたのだから区別する必要はないとしている。このように、ただ単に一つの文字だけに限って考証して断定するのは正しいことであり、私も同感である。しかし物事は絶えず発展しており、古代に使われなかった文字が現代は存在するのである。そして現在、症の字は習慣的に症状の意味で用いられている。それゆえ、私は、医学の領域で証・症・病に明確な意味づけができ、それが次第に共通の認識となれば、疾病の観察と研究、医学の理論的探求にとって有利であろうと考える。そこで証・症・病について私の考え方を述べ、参考に供したい。・・・・・・・・      (傍線筆者)

 

 とされ、「症」と「証」の使い方を厳密に区別する必要性を論じられており、未だに多くの中医学原書に採用されている「症」の字と「証」の字を混用したり、「症」の字の存在を無視した方法を改め、中医学の将来のために、厳密な区別を行った使い方を訴えられているものと拝察される。

 

 ところで、中国の名医、故・秦伯未先生は「中医臨証備要」(人民衛生出版社 初版一九六三年)中において、

 

 「證」「証」「症」は実際には同一字で同一の意味であり、正しくは「證」、簡略化すると「証」、俗に「症」と書かれる。「証は証候を指し、症は症状を指す」との説があるが、この区別に根拠はない。このような区別をはじめだすと、古い時代の文献を調べるときに錯覚を生じることになろう。

 

 と警告されていることも忘れてはならないのだが、今後の中医学の発展を考えるとき、焦先生の御見解には強い説得力を感じた次第である。

 

  中医学教科書での定義

 

 既に中国国内の教科書類によると、「症」と「証」をきっぱりと使いわけている。例えば「中医診断学」{上海科学技術出版社 初版一九八四年}によると、

 

 「症状」と「証候」は全く異なった概念である。「証候」は単に「証」とも呼ばれ、疾病の病因・病機(病理機序)・病位・症状・舌診および脉診所見を総合的に概括したものである。表実証・陰虚証などとして表わされ、この証候とは疾病の本質を意味し、疾病の診断結果なのである。

 

 とされており、その他の書籍でも四川科学技術出版社の「中医診断学」では、
 

 「証」と「症」の概念は異なる。「証」は「証候」を指し、疾病の一定の病理段階における病因・病位・病性および邪正の力関係の病理的概括である。一方、「症」は「症状」を指し、疾病が外面的に反映した頭痛・発熱・咳嗽などの一つ一つの徴候である。

 

 賈何先・王輝武著「提高中医療效的方法」(重慶大学出版社 初版一九八六年発行)には、

 

 「証」は「証候」を指し、病因・病位・病性・病勢・臨床症状・診断と治療の方向などを概括したものである。

 

 とあり、陳潮祖先生自らも『中医病機治法学』中の《第三章・治療原則と治療の大法》中の治病求本のところで「疾病の本質というのは病機のことで、昔の書籍ではと言っている」と述べられている通り、「証候」とはまさしく陳潮祖先生がメインテ-マとされる「病機」そのものなのである

 

 ところで、一般の中医学の原書においては、症・証・症状・証状・証候はあっても、「症候」という用語は、私が知る限りにおいては殆ど見当らないもので、中国語の辞書にはあっても、実際には滅多に使用されない用語であるらしい。「症」と「証」をはっきり区別して使用されている中医学原書においても、日本語の「症候」も「症状」もすべて「症状」や「症」としてのみ表現されているように思われる。

 蛇足ながら、痺証・淋証・血証などの病名については、病機(証候)を構成する要素の特徴的な共通部分を概括し「証」の字を使って名付けられた概括的な病証名であり、閉証・脱証などの一種の症候名については、疾病に伴う特殊な状況の病機(証候)に対する概括的な証候名である。

 

  

日本語訳における「症候」という訳語について

 さて、「症候」という言葉は、中医学用語の中に適用させるには中途半端でどっちつかずではあるが、方便としては大変便利である。ところが、一般の中医学の原書においては、症・証・症状・証状・証候はあっても、「症候」という用語は、私が知る限りにおいては殆ど見当らないもので、中国語の辞書にはあっても、実際には滅多に使用されない用語であるらしい。「症」と「証」をはっきり区別して使用されている中医学原書においても、日本語の「症候」も「症状」もすべて「症状」や「症」としてのみ表現されているように思われる。

 日本語の「症候」は、中国においては「症徴」や「症状と体徴」などと表現されており、これらの意味そのものを示す時も「証候」と表現される論者も多いようである。

 

まとめにかえて

   中医学における「証候」の意味(漢方専門の用語「証」の中から引用



 従来の中医学における「証候」の意味を検討してみると、以下の六種類のようである。
 ① 「証」のこと。つまり、疾病過程におけるその時点の
一連の症候にもとづいて把握される病理的概括(疾病の本質)である。
 したがって「弁証」というときの「証」にしても、「病証」と表現される用語における「証」にしても、証候名すなわち証名や証型の意味である。
 たとえば、葛根湯証、桂枝湯証というとき、あるいは営衛不和証・太陽表虚証・表寒表虚証・風寒表証などと表現するとき、いずれも同様に「疾病過程におけるその時点の
一連の症候にもとづいて把握される病理的概括(疾病の本質)」ということであり、これを成都中医学院の陳潮祖教授は「病機」としている。
 ② 上記①のような、桂枝湯証や営衛不和証と表現される根拠となった症候のこと。つまり、
その証の確定根拠となる一連の症候のこと。言い換えると「某証と確定するのに不可欠な一連の症候」のことを指して「証候」と表現されるものである。
 ③ 一般的な日本で言う「症候」のこと。中医学専門書籍類には不思議なことに「症候」という熟語はほぼ皆無に等しいが、ちょうど日本語の一般的な意味での「症候」を表現するもので、自・他覚症状を一括した意味である。つまり、中国語の「症徴」や「症状と体徴」などと表現されるときの意味と同義語として「証候」と表現されることも多い。
 ④ 「証候」の意味として、上記の①と②のどちらの意味にとっても間違いではないというどっちつかずの表現で「証候」がよく使われるが、意味としてはどちらに取ろうが、両者を兼ねようが、大きな誤読を誘うような問題は決して生じない。
 ⑤ それゆえ④の最後の①②の両者を兼ね、二つの意味をそのまま包括した二重の意味として「証候」が使われていることも多い。
 ⑥病状が進展し、伝変する趨勢を示唆する意味としての「証候」。
 など、表現される前後の文意によってかなり可変的な用語なのである。
 また、
「証」についても「証候」の意味の中で①②の意味と全く同様であるばかりでなく、③も同様であり、④と⑤の二重性をはらんで使用されてきたことは全く同じで、従って「証」も「証候」ほぼ同じものであり、証候の省略形が「証」と考えても間違いではないのである。

 

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